眠れなくて散歩に出ただけなのに。氷見の漁港で世界の輪郭が消えていた朝の話。畏敬は、遠征しなくても待っている。
旅先ですらなかった。帰省中、眠れなくて散歩に出ただけである。午前4時、氷見の漁港。海と空が同じ灰青色で、水平線が消えていた。世界がまだ輪郭を描く前の時間帯が、あるらしい。
「船が浮いてなかったら、どっちが海か分からなかった。宙に立ってるみたいで、ちょっと怖くて、でも帰りたくなかった。15分くらいで漁船のエンジンがかかって、波が立って、世界に線が戻ってきました」
畏敬の念は、氷河やサハラの専売ではない。始発より早い時間の近所に、ちゃんと在庫がある。必要なのは航空券ではなく、眠れない夜だけだ。