2020年2月29日撮影。次の週から、世界が閉まった。4年ぶりに発掘された、何気なさの最高値。
撮った本人は、この写真のことを完全に忘れていた。リスボン名物の28番トラム、車窓、洗濯物、坂の街。観光写真としては50点。だが撮影日を見て、手が止まった。2020年2月29日。世界がロックダウンに入る、一週間前である。
車内は混んでいて、観光客が笑っていて、marchéの匂いがして、誰もマスクをしていない。当時は「普通の午後」だった。その普通が、翌週から3年間、世界のどこにも売っていない貴重品になった。
カメラロールの奥には、こういう「まだ価値の確定していない一枚」が眠っている。だから旅の写真は消せない。あなたのフォルダの奥の一枚も、いつか化けるかもしれない。