時刻表を捨て、予約サイトを閉じ、「決めるのは、その場で」だけをルールに出発した。計画魔の記者による、無計画100時間の記録。
断っておくと、記者は計画魔である。旅程表はいつも15分刻み、レストランは3週間前に予約、雨天時のプランBまで印刷して持っていくタイプだ。その記者が、時刻表を捨てた。ルールはひとつだけ。「決めるのは、その場で」。荷物はバックパックひとつ、期限は100時間。以下は、その顛末である。
国境の町のバスターミナル。窓口のお姉さんに「次のバスは?」と聞くと、「来たら分かる」と微笑まれた。禅問答である。ベンチで待つこと90分。隣のおじさんが肩をすくめて笑ったので、記者も肩をすくめた。言葉は通じていないが、これが本旅程最初の会話として記録されている。
日本にいた頃の記者なら、この90分で問い合わせメールを2通書いていた。ここでは誰も急いでいない。急いでいないという空気は伝染する。バスは92分後に来た。誰も驚かなかったので、記者も驚かないことにした。
着いた町で宿を探す。1軒目、満室。2軒目、満室。3軒目のおばあちゃんが、隣町の従姉妹の家を電話で押さえてくれた。ついでに「夕飯は食べたのか」と聞かれ、気づけば家族の食卓に座っていた。予約サイトには載っていない宿泊プランである。レビューを書けるなら星は7つ付けたい。
37時間目、事件が起きた。やることがなくなったのである。観光名所は昨日見た。バスは夕方まで来ない。カフェもない。記者は市場前のベンチで、スイカの搬入を2時間眺めた。山が崩れ、積み直され、また崩れた。3回目に崩れたとき、荷下ろしの兄ちゃんと目が合って、ふたりで笑った。
食堂で隣り合った行商のおじさんが、地図にない湖の名前を教えてくれた。「観光客は誰も知らない。俺の村の湖だ」。ノープラン旅の行き先は、こうして検索ではなく人から供給される。翌朝の乗り合いトラックの荷台で、記者は初めて、旅程を委ねることの気楽さを知った。
湖は、本当に誰もいなかった。水面が鏡すぎて、雲の中に立っているようだった。予定表に書いてあったら、こんなに効かなかったと思う。予定外というスパイスは、風景の味を3倍にする。記者はここで少し泣いたが、日焼け止めが目に入っただけの可能性もある。両論併記としておく。
白状すると、帰りの空港でWi-Fiに繋がった瞬間、次の旅のホテルを検索しかけた。人は簡単には変わらない。でも、検索窓を閉じて、代わりにこの原稿を書き始めた。それくらいの変化は、あった。100時間で一枚、確かに何かが脱げている。